趣深山ブログ よもやま編

趣深山です。四国 剣山 三嶺 天狗塚 周辺の山域での山歩きについての話題です。 (C)since2002 趣深山 (shumiyama@gmail.com)

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地図 磁石 GPS 持っていても




地図 磁石 GPS 持っていても




道迷いに陥った、悪条件のもとで 地図 磁石 GPSを使いこなすことができるかどうかの話題です。




★ 残置ザック 3個 

平成5年(1993年)の道迷い遭難
遭難者の残置ザック 徳島県美馬郡つるぎ町 山中にて
8-20040502-sac4458.jpg
平成16年撮影の残置ザック

平成5年(1993年) 8月25,26日
道迷い遭難者がヘリコプターで救出された。あとには ザックが3人分 残置されている。



「平成5年(1993年) 8月25日午後四時ごろ、
徳島市内のアマチュア無線家から通報-----
徳島県警のヘリ「しらさぎ」が現場に急行して捜索に当たり------
2人を救助したが、一人は霧のため救助できなかった。-----
26日午前7時半から「しらさぎ」を出動させて救助に当たる。」

平成5年(1993年) 8月26日 徳島新聞記事より


平成16年5月2日
平成16年5月8日

遭難から13年後のザック
9-2006-02-26-10-48-013.jpg
雪解け と 雨に 洗われた 残置ザック

平成18年2月26日撮影




★ 地形図

「アセる気持ちを落ち着かせようと、小休止して地形図を取り出して眺めてみた。
しかし、視界がきかないうえ、いまどこにいるのかわからないのでは、地形図が
役立つはずもない。どうしたらいいのかわからず、しばらくその場に立ちつくした。
絶望感がじわじわと胸に広がっていった。」
20001年1月 常念岳 遭難
月刊誌「山と溪谷」 2006年2月号 「特別企画 道迷い遭難を防ぐ」より
羽根田 治 氏著




★ 出版物から

この雑誌の記事に限らず 過去の道迷い遭難事例で 生還した事例について
詳しく 検証した 書物類は 最新の出版物 など いくつかあります。

最近 道迷い遭難につて いろいろな 本が出版されている。
「ドキュメント道迷い遭難」 羽根田 治 著  山と溪谷社 2006年1月

「山の遭難 生きた 還った セルフレスキューの秘訣」永田秀樹編 東京新聞出版局 2005年2月

「生還 山岳遭難からの救出」羽根田 治 著  山と溪谷社 2000年10月

これらは 道迷い遭難の事例を記述していて、遭難防止の点からも 大変貴重な教訓を与えてくれます。




「焦る気持ちを落ち着かせようと、小休止して地形図を取り出して眺めてみた。
しかし、現在地がわからず、視界がきかない以上、なんの問題の解決にもならなかった。
「やばい これが遭難なのか」
嫌な思いが頭をよぎった。
とにかく稜線に出ようと斜面を登り詰め、稜線らしき場所に出たような気もしたが、そこからどこへ行っていいのかわからない。
ならばと引き返していくと、風当たりがいっそう強くなり、再び雪も深くなってくる。

どうしていいのかわからず、「○○」はしばらく その場に立ちつくした。
絶望感がじわじわと胸に広がっていった。

「このままでは 死んでしまう。なんとかしなければ・・・・・・・」    」

北アルプス・常念岳 2001年1月
「ドキュメント道迷い遭難」 羽根田 治 著  山と溪谷社 2006年1月




★ 低視程 で 道迷い

天候は 風雪模様、
 低視程 で 天地の区別のつかない 白一色の ホワイトアウト状態。
歩いた足跡は すぐ消えてしまい 元来たトレースも たちどころに 消えてしまい 、
どちらから来たかも わからない状態になる。

積雪が多く 夏の標識などもあってもすべて埋没、
見渡しても 何も目標物が見えないし、
地形が全く平坦で 特徴がつかみにくい。 
木が生えてなく 植生からの情報もとれない状態。

 積雪期の山では よくある気象条件です。

この条件下では 晴れていれば なんで こんなところで迷うのかと思われるような
ところでも 簡単に 道迷いが発生します。

ましてや 複雑な地形や 平坦な特徴のつかみにくい平原状のところでは
しかし  低視程時、現在地が特定できず、ナビゲーションしていくのは 大変難しいのです。

10-img_8662-11.jpg

天地の境がわからなくなる「ホワイトアウト」。
低視程時を選んで行動する雷鳥に言わせると、
「ホワイトアウト」とは人間の側の問題であって
単に「言い訳」に過ぎないということかもしれない。




★ 地図が読めればもう迷わない。

「地図が使えるようになるためには、地図の特性とそれがもたらす限界や副作用を知り、
それを乗り越えるスキルを身に付けることが必要になる。
それができて初めて、「地図があるから迷わない」と言える。」

「地図が読めればもう迷わない」 村越 真著 岩波書店 2004年1月




★ 読図がきちんとでき GPSを持っていたら

GPSの機器がプロ用だけで まだ 一般に普及し始める以前の段階では
道迷いは地図や磁石がの活用ができていないからだ。 
読図方法をもっと習得すべきだとかいうことがありました。

しかし 実際 磁石 地形図を持っていても それを使いこなすには 
前述のようにそれなりにスキルの習得や経験がいります。

最新出版物で記述された 道迷い事例をみてみると
掲載された事例では どれも 比較的新しいので、
もしGPSを持っていたら、ということが ほとんどの事例にも当てはまります。

かりに 読図方法は前述のように ある程度の習得で身に付けたとしたしても、
今日ではGPSの機器が手やすく一般用に普及しただけに
 道迷いの時にはもっと活用されていいのでしょう。




★ 地図 磁石 GPS 持っていても

雪がたっぷり積もった積雪期 風雪模様の 低視程のホワイトアウト。

こうしたところでは はじめは現在地がわかっていても
一度踏み入れたら トレースはすぐかき消され、
元に戻るのにも苦労して、 一度踏み入れたら うまく戻れればいいいが 何度か戻ろうとしても戻れないとき、

気持ちは だんだん焦っていき 慌てて 動転していく悪い循環パターンに入る。

こうして 彷徨が始まり リングワンデルング(環状彷徨)で元に戻れば まだいい方で
全く違う方へ 彷徨していく。

平坦地で 始まりの位置が わかっていれば そこに戻るのができれば 
それだけで いいのですが、それが できない。

そして 焦り 慌て はじめた気持ちは 振幅が大きくなっていって
 ますます 歩き回り わからなくなっていく。

多分 一度 動転し始めた気持ちを 冷静にするのはなかなか至難のこととです。

大方のケースは 動き回り 更に出発地点がわからなくなり、
まったく 現在地を特定することができず、
地図磁石では どこにいるのか わからなくなります。

こうした心理状態で冷静さがないときは GPSも まず活用できません。





★  まず 心を落ち着けて冷静さを取り戻すことがまず一番 大切。

実際 地図磁石を持っていても 冷静な判断ができる心の平静さが
厳しい気象条件下では 絶対必要です。

そうしたとき 
慌てて 地図を出している内に 地図が激しい烈風に吹き飛ばされることもあるかも
しれません。

予備の地図も 風雪の積雪期登山には 必要なのでしょう。
もし 予備の地図がないなら 風雪のもとでも 地図は絶対吹き飛ばされないよう
細心の注意を払いながら 気合いをいれて 取り扱うべきです。

悪条件のもとでは
まず 心を落ち着けて冷静さを取り戻すことがどんな場合でも
まず一番 大切なのです。

そうすれば白一色からの中でも 焦っていた気持ちのもとでは見えてこない
 いろいろな情報が読み取れるようになります。

冷静になればなるほど
地形の読みが より深くでき 読図の正確さも増して 道迷いを避けることができます。

実際、
烈風の吹きすさぶ 風雪模様で、
低体温症とか 脳の体温低下で思考能力低下とかの障害が出てきた場合。
言語障害が出てくるような体感温度が低下している状態。

こうした状況では、登山者は判断能力は低下して
次第に 追い込まれていき 一瞬 気持ちの緩みが出てきます。

同行者がいても お互いに コミュニケーションも満足にできず、
同行者 すべて 条件は だんだん厳しくなっていきます。

こうして 一瞬の心の緩みの 振れが大きくなって行き、
 一度 乱れた 心の平静さは なかなか 取り戻せません。

11-2005-12-17-13-29-0131.jpg
低視程20m位の 白一色。

方向を定めて 慎重に歩いていくと 
目の前に突然 見覚えのある岩が現れ ほっとする。

平成17年12月17日




★ 表向き 心の平静さを取り戻しても

それでも何とか 風を避ける場所に入って、
 表向き 心の平静さを取り戻しても、
通常よりは判断能力は低下しています。

その状態で 読図 現在地推定の作業をしてみても 簡単には 現在地は特定できません。
何となく 不安のままの結果しかえられません。

こうして再び 不安なまま 行動しいくと 更に不安が増幅していく結果になります。

こうすると ますます深みに入り込んでしまうケースになる場合があります。




★ 深みに入り込んでも どうしても現在地が わからないとき 方策は まだ まだ あります。

この場合

深みに入り込んで どうしても現在地が わからないとき 方策は まだ まだ あります。

ツエルト 雪洞などで 一時待機して 視程がある程度 回復するのを 長時間 辛抱強く待つことができるか。

ある 瞬間 ガスが切れることも よく あるのです。

GPSがあれば現在地を特定できますが あらかじめトラックログをとるべく 
電源を入れっぱなしにしていると
トラックバック機能で 元来たほうへ 戻ることができます。

またルート設定や ウェイポイントなどあらかじめ 入れ込んでおけば簡単に、
 小屋 や 既知の場所へ戻れます。

最近の 地図入りのGPSでは 地図上の ポイントが GPS画面上に表示されます。

現在位置を特定できれば、不安な状態から脱出できて、自信をもって行動できます。




★ しかし GPSを使いこなすのも

しかし GPSを使いこなすのも あらかじめ習得しておくことはもちろんですが、
より 大事なのは 使いこなすには やはり 心理的に安定状態でいるという
冷静さが絶対必要なのです。

地図 磁石 GPSすべて揃えていても 心の平静さがないと 機器を生かし切れず
 現在地もわからないことになります。

深みに入ってしまい 彷徨し続け 長時間 吹雪かれ 
脳を冷やせば 思考能力は更に低下し、
体全体が冷えてしまえば 低体温症にでもなれば
判断能力は更に低下し 体力 気力 急速に落ちてしまい
もう現在地どころか 地図磁石 GPSなど使いこなす どこでなくなってしまいます。

このようなとき 思いこみが行動を支配します。
思いこみは 全くアテにならないものです。そして ますます 彷徨状態へ入ります。

こうして 歩き回った末 やがて 自力脱出不可能な 「遭難状態」に陥ってしまうのです。




★ 日本アルプスの黎明期

大昔 日本アルプスの黎明期には先駆者は 猟師などの山案内人に先導され登っていた。
その当時の紀行文を読むと ガスにまきこまれ 道がわからなくなってしまったときなど、
案内ガイドは どっしり腰を落ち着け キセルをふかし 落ち着き払い その場を動かなかった。

やがて ガスは切れて 行き先の山容が見えだし、全く慌てることなく ルート設定
ができ無事行程を行けたという紀行文などあります。

山の基本は その当時でも 今日でも たとえGPSはあっても そう変わっていないのです。

冷静さがあれば それなりに対処できる。
これは昔も今も変わらない
GPS 地図磁石以前の問題なのです。





★ 「快晴無風の山頂、トレースばっちりの雪道を10年歩いても 経験の蓄積はあまりない。」角谷道弘氏 「岳人」2006年2月号
「岳人」2006年2月号

「 私の持論では、人間は自分が体験してみないと本当に理解したとはいえない、と考えている。

書物でいくら 危険を学んでも、実際には十分役にたたない。
ヘッドランプを忘れて山へ行き、日が暮れて夜道に苦労し、山中で一晩過ごせば、
今後絶対にヘッドランプと予備電池は忘れなくなるだろう。

マイナス一五度の気温で素手でアイゼンをつけ、手袋を濡らして凍傷になって初めて、
素手になってはいけないとわかる。
稜線で吹雪かれて 初めて、吹雪かれたらどうなるのかわかるのではないか。

そういう意味で 死なない程度の失敗を重ね、そのピンチを乗り越えることが、
その登山者の本当の経験になっていく。

快晴無風の山頂、トレースばっちりの雪道を10年歩いても 経験の蓄積はあまりない。
しかし、死なない程度の有効な失敗の経験を続けるのは大変難しい。
失敗することで 、人は考えることを身につける。-------」

角谷道弘氏 「岳人」2006年2月号




★ 「だが ただ回数を重ねれば 優れたルートファインディング能力が 身につくかというと、けっしてそうではない。」北田啓郎 氏
  「テレマーク・スキーイング」 日本テレマークスキー協会編 山と溪谷社 1989年

「ツアー標識もない、ほとんど人の踏み込まないような山域をツアーしようとするとき、最も問われるのが正しいルートを見つけてゆく能力の高さである。
これを磨くためには、一回でも多くのツアー経験を積むしかない。
だが ただ回数を重ねれば 優れたルートファインディング能力が 身につくかというと、けっしてそうではない。いつも誰か先導者の後について行動し、ツアー中一回も自分でコンパスも地図も出さず、なんとなく頂上に着き、いつの間にか下へ降りてくる人、あるいは、年数は重ねているが、つねにシュプールのあるようなポピュラーなルートばかり、出かけている人の場合は、実戦的なルート発見能力はけっして高くない。
 ルートファインディング能力を磨く最良の方法は、自分が先頭に立ち、パーティーを正しいルートに導かなければならないという責任感の下で、真剣に歩を進めることを出来る限り多く体験することである。」 

北田啓郎 著 
    「テレマーク・スキーイング」 日本テレマークスキー協会編 山と溪谷社 1989年



★ 畳の上の水練 実際に経験すること

畳の上の水練ということわざがありますが、
頭でわかっていても さて それが 実際山の中で できるかどうか。

まず実際に 危険のない範囲で 経験してみないといけません。




★  経験は大事だが 人のあとばかり ついていたのでは ナビゲーション能力はつかない。

経験は大事だが 実際 自分で主体的に 歩くことを経験しないと 経験は生きてきません。
能力は身に付きません。

人のあとばかり ついていたのでは 実践的ナビゲーション能力はつきません。

やはり 自分で 道を切り開く 苦労を実際積んでこそ 経験の蓄積ができてくるのでしょう。

 自分が先頭に立ち、パーティーを正しいルートに導かなければならないという責任感の下で、
真剣に歩を進めることを出来る限り多く体験することである」北田啓郎氏

道迷い「迷わぬ者に 悟りなし」

山岳遭難で多い道迷い




2006年2月28日 第1版

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[ 2006/02/28 10:30 ] 道迷い | TB(-) | CM(-)

道迷い「迷わぬ者に 悟りなし」





道迷い「迷わぬ者に 悟りなし」




「ツアー標識もない、ほとんど人の踏み込まないような山域をツアーしようとするとき、最も問われるのが正しいルートを見つけてゆく能力の高さである。
これを磨くためには、一回でも多くのツアー経験を積むしかない。
だが ただ回数を重ねれば 優れたルートファインディング能力が 身につくかというと、けっしてそうではない。いつも誰か先導者の後について行動し、ツアー中一回も自分でコンパスも地図も出さず、なんとなく頂上に着き、いつの間にか下へ降りてくる人、あるいは、年数は重ねているが、つねにシュプールのあるようなポピュラーなルートばかり、出かけている人の場合は、実戦的なルート発見能力はけっして高くない。
 ルートファインディング能力を磨く最良の方法は、自分が先頭に立ち、パーティーを正しいルートに導かなければならないという責任感の下で、真剣に歩を進めることを出来る限り多く体験することである。」 北田啓郎 
    「テレマーク・スキーイング」 日本テレマークスキー協会編 山と溪谷社 1989年



★様々な 道迷い

登山者が 道に迷って 下山が遅れ 大騒ぎになるのが 時々ありますが、 おなじ道迷いであっても 色々な 段階の 様々な 道迷いがあるようです。




★はじめから 登る山 行き先 が分からない

すべて人任せで、自分が何処へ行こうとしているのか、関心がないという人や
 人の後しかついていけない のに 山へきてしまって まったく  山名 地名に 不案内で どこから何処へ どういこうとしているか 分かっていない人も なかには いるようです。

パーティーを組んで山へいっている場合 先導者は よくわかっているにしても 後の人が みんな お客さんの気持ちばかりだと 色々問題が 出てきます。中で一番困るのは 全く 自分の行き先 登ろうとする山 コースなど 全く 関心がなく みんなと 一緒に来ているから 大丈夫だという 感覚だけで 一緒に来ているような お客さんたちです。
 大勢の中でも たまたま 独りになっているとき 万が一 離ればなれになって しまったりしたら 一気に 問題が表面化します。

みんな お客さんばかりで 誰もが 連れて行ってくれるという気持ちばかりを持っていると、 いざ 途中で 独り離れて はぐれたりすれば 大きな 問題になってしまうのです。




★他人の先導に頼ってしまうことの 問題点

大勢で登っている集団登山 で よく起きることですが 、すべての人が 同じレベルで 自分の位置は今どこで どちらへ向いて いっているのか どこそこまでの 所用時間は どのくらいでいけるかとか など みんなナビゲーションができているとはかぎりません。

大抵の場合 一部の 先導者の 後にくっついていく お客さんが 多数 といった 形になりやすいのです。

たとえ 経験者ばかりの パーティーでもあっても  そのルートに熟知した 人が パーティーに居たりすると その人に頼って しまう事になりやすいのです。

ですから 経験者であっても 何となく 知らない間に 頂上に着いて 気がついたら 下山したといった ことが起こりやすいのです。


この件について 下記のサイトは 大変 示唆に満ちていて参考になります。 
地図がガイドの山歩き様の 支湧別岳の記述




★誤ったルートに入りこんでいても 道に迷っているのに 気がつかない

ルートの間違えに気がつかないというのは それだけ 現在地の把握に 無関心ということかもしれませんが ルート自体 頭にはいっていないことにもよるかもしれません。
熟達者は 常に疑いを もって行動する といいますが  疑いがないと 道に迷っても いつまでも気がつかないで どんどん深みに入ってしまいます。


 
★具体的な 読図方法を書いた とても参考になる本

” 「迷ったか?」そう思った時こそ、ナヴィゲーション技術の差が表れる。
冷静かつ論理的な判断、そして疑いを忘れない態度が、道迷いからの復帰を可能にする。”
 
 「道迷い遭難を防ぐ最新読図術」 村越 真著 2001年1月 山と溪谷社

技術的なのは 上記の本に 沢山出ていますが それらの技術を いかせられるか どうか 前提となる 大事なことは どんな苦境に 陥っても 冷静かつ論理的判断を  常に持って いられるかなのです。

村越 真研究室




★「 迷わぬ者に 悟りなし 」

「迷いのない人生  なんの誤りもないような人生は 味気ないものです」 とか言う 小説家の言葉もありますが、誰でも迷うものです。 迷っても 慌てることはないのです。

山での道迷いでは 深みに入らない ようにと いかに早く その誤りに 気付いて 的確に予防処置 し 常に 軌道修正が出来るが大事なことなのです。  そして 又 迷って 修正し その連続のような気がしますが、常に 冷静かつ論理的な判断能力を維持するには 精神的に 強靱さが 求められることになるのです。
 



★迷うということは

空を飛ぶ 飛行機は 空中で漂流するわけにはいきません。
 いつまでも航路に迷って ウロウロしていると やがて 燃料切れで墜落してしまう危険があるのです。

しかし 登山者は そんな心配はありません。 
  
どうせ 地べたの大地の 上にいるのですから 気持ちの 持ちよう一つで 全く 変わってきます。

 道迷いを 楽しむような 気の持ち方で随分 変わってしまうのです。

そもそも 道に迷ってウロウロするということは それだけ あちこちと 歩き回って 沢山 山を 楽しませてもらっているということなのです。

 「正規の ルートだけを サッと 通りすぎるだけでは 少し物足りないのに こうして十二分に 山を満喫できるように あちらこちら 歩き回らせてくれて 本当に有り難いことだ。」  と深く感じて 「 山は いかに多くの魅力のある所なのだろうか 」などと感謝の気持ちで 道迷いに接することです。 

こうした気持ちを持つことで 焦りの気持ちはなくなり 今まで 焦っているときは 見えなかったことが だんだん見えてきて 思い出さなかったこと 見えなかった ルートや コースなどが 手に取るように 分かるようになります。

冷静かつ論理的な判断は 精神的ゆとりの もとで できるのです。

精神的な ゆとりを 常に持つということが大事なのです。




★精神的に 焦らないためには つねに 精神的 時間的なゆとりを 持つことが 大事です。

山で昔からいわれている 早出 早着 の原則とは 単に時間的な 問題だけでなく 常に精神的なゆとりを いうことなのです。

時間に余裕を持って計画し 行動中はいつもゆとりをもてるように 時間配分に気を付けなくてはなりません。

人気のない 登山道の不確かなところ を 普段から 歩いている方であっても 想定した時間配分より以上に 時間が掛かり 下山が遅れることは よくあることと思います。
そうならないように 時間配分には常に気を遣い 秋冬の日の短い季節でも 余裕を持てる計画 と 行動が 求められるわけです。

そして もし 計画通りにはいかないようだったら 適宜 計画を変更し 途中から撤退し 下山するとか エスケープルートなり 他のルートを 通って下山して 大騒ぎに ならないように する配慮が必要です。

天候 コース 藪 積雪 など 予期せぬ事は 多くありますが、
万が一 大幅に 下山が遅れるようなときでも 携帯電話などでが通話可能区域なら 連絡さえつけば 大騒ぎにならずに済みます。

それでも 騒ぎにならないように 留守宅には ある程度 下山が遅れた ときの ある一定時間経過までは 連絡を待ってみるなど 時間の経過についての 処置方法など あらかじめ 打ち合わせておけば、 ほんの数時間あるいは 日帰りが 朝帰りくらいの程度の遅れ で帰宅が遅れただけで 大騒ぎになる ような 事は避けれます。

転落事故などの 一刻も早く 連絡し 救助を求めなければならないケースも ありますが 単なる 道迷いによる下山の遅れなど そう急ぎでない場合 時間配分の悪さから 場合によっては野宿(ビバークという言葉は適当なのかどうかわからない)になっても ツエルトなどの装備ももって それなりに準備に怠りなくしていれば 追い込まれても 安心感があります。

日帰りでも 多少なりとも非常用装備を持つのには 万が一のため と それによる精神的余裕のためと考えれば 多少の重量増には我慢が出来ます。

そこまで していても 万が一  時間がかかって 降りてこれないケースも あり得ると思います。肝心なことは 山中でも 連絡がつく 方策 など もっと 考えてみる事が大切です。

連絡がつかないのなら、 さらに余裕を持った行動日程で計画し もっと 慎重な 時間配分などと 決断が 求められます。




★気持ちに余裕をもって パニックを 避ける

日没が迫る 。いつまでも 道が分からない 。携帯はつながらない。どうしよう。焦れば焦るほど 深みに入って 視野が狭くなってしまいます。パニックになると 急な斜面や岩場での 転落転倒事故は 起こりやすくなります。 夜道に 日は暮れぬと いう精神的ゆとりを持って パニックを 避けることです。



★道迷い用にGPSなどもっていても

道迷いで 気持ちが パニック状態のまま 焦っていては  的確に 役立つように GPSを使える状態には決してなりません。
気持ちを おちつけて じっくり 腰を据えることで GPSも生きてきます。 

「最新 GPS活用術」 村越 真編 2003年4月 山と渓谷社

『ドキュメント道迷い遭難』

『ドキュメント道迷い遭難』 羽根田 治 著  山と溪谷社 2006年1月




★関連 のページ  

歩いたところが道になる 
もともと登山道など無いところ をいく場合は こちらの方も見てください。



道迷い「迷わぬ者に 悟りなし」

2003年12月14日 第1版制作
2010年3月22日 最新改訂
[ 2003/12/13 20:13 ] 道迷い | TB(-) | CM(-)

赤テープ考

赤テープ考




「テープを含めて、私製のあらずもがなのの指導標には、私は自己顕示の臭みを感じて好きにはなれない。
山は登らせてもらったことを感謝し、なにも残さずにそっとたち去るのが本当ではないだろうか。」
   横山厚夫 「低山を歩く」1995年6月 山と溪谷社





赤テープ


☆所詮はゴミ


最近どこの山域でも 登山道に沿って 木の枝などに 赤いビニールテープが 付けられているのをよく見かけます。

登山者が目印にしたのでしょうが、これらが 本当に 必要なのか よく考えてみる必要があります。

結論的にいえば赤テープといえども 所詮人間の 持ち込むゴミの類で,山へ持ち込んだゴミは自分で持ち帰るべきだと思います。


回収した赤テープ。山を汚すゴミになるだけで、残置 赤のビニールテープなどは付けた人が回収すべきものです。
赤テープをつけて回収するなどすれば問題ないのですが、赤テープなど残置する行為が問題なのです。

もし回収が不可能ならば 原則的にテープなど付けないことです。

どうしても付けたいというのなら、
せめて自然に還元しやすい 綿の赤布または生分解性プラスチック使用の テープ類ぐらいにしてほしいのです。




☆登山者だけの山ではない

実際 山里の人と話した時、 一部の登山者が人の山に勝手に目印を付けてしまい迷惑だというのを直に聞きました。
その山域では 山里の人が 常に山道を 整備してくれていました。

迷わないように、 しっかり道を手入れしているのに、
一部の心ない登山者の赤テープの乱発が山里の人に 更に撤去の負担を 掛けてしまっているのでした。

山は 登山者だけでなく 山仕事の人や 山里の人など 様々な人が入り込みます。

登山者の勝手で付けるテープで 多くの人が 迷惑しているのを 直接聞いて、
やはり 赤テープは残してはいけない という考えになりました。

登山者は 山へ入るときには 地図磁石位は 持参して しっかり使えるようにして 入山すべきだなのです。

もしどうしても 往復コースで 目印を付けたい のなら絶対 自分で確実に回収、撤去すべきでしょう。

こうした一部登山者が 赤テープを付けたがる心理は、 
実は山頂などへ の私製山頂標識を付けたりする心理や 落書きする心理 と通じているとも思います。

槍ヶ岳の北鎌尾根に 目障りな赤ペンキなどが 多数付けられ(ここ)、困っているらしい、のですが 、
最近どの山でも 各地の山域に出没する落書き癖のある登山者で悩まされています。

そもそも赤 テープの類はルートを熟知した達人が付けるよりも、ルートにやや不安にある人が付ける場合がほとんどです。

間違っているところ、適切でないところにつけられたもの、
積雪期のルートなど、目印自身あまり信頼出来ないのも多いのが実情です。

赤テープを付けたがるのも 有名観光地で 記念物に落書きするのと 同じ自己顕示の心理がもとで、
変なたとえですが、犬が自己の勢力範囲を示そうと、放尿するのと まるで、 一緒に思えるのです。




☆テープしか見ない習慣

適切な指導標や登山道などが完備されている 山域でも、
以前に比べ 最近マーキングの類など増えてきています。

恐ろしいのは こうした 赤テープばかりが 多く付いている 道ばかり 登っていると、
習慣的に そのうちに 目が 赤テープに 馴れてしまって、
、赤テープばかりを 追いかけていく ルートファインディング になってしまいます。

本当に大事なのは 研ぎ澄まされた方向感覚 地形判断能力 踏み跡を 見抜く 観察力 などですが、
赤テープに頼る習慣を身に付けていると 決して養われることがありません。

目印の多さが へたなテープしか見ないで 肝心な地図磁石なども 見ず、地形をも見ず、
 テープだけを追いかけていく 変なルートファインディングの習慣がついてしまうのが 実は 本当は恐ろしいことです。

北鎌尾根のような難しいコースでは 自分でルートファインディング できることが求められています。





☆変な先入観

同じ目印に 石を積むケルン や鉈目を付けるなどがありますが、
木や枝を切る鉈目は木に傷を付けるので今では良くないとされています

石を積むのも 程々にしたいものです

この方は まだ外から ゴミを持ち込まないから せめて救えるのですが、
 自然に配列されている石の配置を 大きく変えるのはよくないのです。

テープや ケルンなどあれば どうしてもそれに 目が移ってしまい 変な先入観に捕らわれてしまい、
地図と磁石で 現物の地形を じっくり観察し ルートを見定めていく 気持ちが薄れてしまいます。

石もテープも 何もなければ 自分で考え 自ずから慎重に判断していきます。

逆に テープ頼りにいったばかりに 道迷いになり 大変な目にあったという事例もあります。




★平成18年1月2日と平成17年1月2日---"残置テープに惑わされる"

平成18年1月2日と平成17年1月2日に全く同じ山域に登りました。

両日とも全くトレースなく雪山を満喫できました。
1848mの矢筈山頂からの下り、山頂から北北東へ延びる尾根を下降ルートに使いました。

途中から枝尾根に入り、やや北に振ってまた北東へ向かうのが普通のルートです。

平成17年1月2日はピストンコースでしたのでその普通のルートで下りました。
平成18年1月2日は周回コースでトレースのないところラッセルしてを一気に降りました。

18年1月2日は途中からやや北東へ振ったなと気がつきながらも、つい赤テープにつられてしまいました。
1315m標高点に近くなって、おかしいからと、 
もう一度標高差150m引き返し、水平に160m移動し
正規の尾根を確認はしましたが、

あまりに連続的に赤テープがあったため、一体どこへ下るのか気になり、
また元の戻り、 1315m標高点を経由してみましたが、あまりいいルートでもなく、
最後は急な斜面で正規ルートへ合流しました。

結局、単に 赤テープに惑わされただけでした。戻った分、時間のロスでした。

矢筈山へは79回登っていて、このコースだけでも何十回もあるはずですが、
残置赤テープの類で助けられるより、
惑わされることの方が多いのが、実情なのです。

2006年トラックログ


徳島県美馬郡つるぎ町(旧 一宇村)二万五千分の一地図  「阿波中津」 「阿波古見」

平成18年1月2日と平成17年1月2日のGPSログ比較




☆現実的な対応 段階的に徐々に

しかし、大勢の登山者が 入山している 現状を考えると、山域とかルートとか にもよりますが、
理想的な考えだけで、テープ問題は すぐ解決できないのが実態でしょう。 

理想を目指して 段階的な現実対応策を 順次進めていくこと しかありません。

大勢の 登山者がいても その 経験も 技術レベルも 上から下まで 色々です。

 まず 全くテープも 私設指導標もない状態など 一気にはできないないので、
現実に即して 考えられる対策としては、山域とルートに 段階的な差を付けて、
コースの 整備状況や ルートの難易度に 応じた対応が 必要でしょう。 

そしてその上で、テープとか 私設標示類は
撤去していいものと、当面は有ってもいいだろうという二通りに分類して、みる必要があるでしょう。

当面直ちに撤去していいのは、明らかに人々を 誤った方向や危険な方へ導いていまうもの。
すでに地面に落ちているもの、外れかかているもの。
立派な指導標があるにもかかわらず、ひつこく、ひつこく落書きの様に表示されているもの、
自己顕示的な広告的標示の類、目障りな、
数メートル間隔のような標示、これらは明らかに撤去しても誰からも文句はでません。

それら以外は、まあ当分は深く息を吸って、黙っておくことにしておきます。

コースの整備状況やルートの難易度に応じては、それで大分経るでしょうが、
それでも いくつかのは当面残って行くでしょう。
またルートの難易度に応じては 一気に減ってしまう ところもあるでしょう。

そして登山者全体が ゴミを残さないルールが 徹底するまでは、ビニールでなく
 自然に還元しやすい純綿などの 赤布マーキングを 仮に使用していくことが 推奨されていくことになります。

徐々にゴミを少なくするよう 浸透させていくことになります。






●「参考」

生分解性プラスチック使用の テープ類 

http://www.bpsweb.net/index.htm
http://www.taketani.co.jp/html/details003.html


☆一時の刈り払い マーキングの寿命

ところで、申すまでもなく、自然の力は物凄いものがあります。

人間の手による、一時の登山道の刈り払いなどは、その後、人が通らなかったり、
その後の適切なメンテナンスがなければ すぐに荒れ放題の道になります。

色あせたテープ、粘着力のなくなったテープなどみると、マーキングの寿命など すぐなくなってしまうものだと思われます。

山頂の標識も 何年かして 同じ山頂へ行くと 看板とか指導標は 実によく変わってしまっています。

風雨雪に耐え長い間、同じ看板などありません。山頂への私設看板は ゴミを増やすだけで、止めるべきです。

不用意なマーキングは人を却って 深い深い迷路へ導いてしまうのです。 

人がどう言おうと、歩むのはあなたです。自ら道を考え 探し出すのが 自己責任での山での行動というものです。




☆ルートファインディングの楽しみ

そもそも 山の楽しみの一つにルートファインディングがあるのです。

その楽しみは 奥深いもので、 じっくり地形を観察しルートを 見つけながら行くことで 、
歩いたところが道になるところで山登りが人生にたとえられることにもなります。

赤テープ 赤ペンキ 石積みケルン などのマーキングは、
 あとからくる登山者にそのルートファインディングの楽しみを奪う結果になるのです。

地図磁石だけでなく 最近は高度計 やGPSなども 普及し、現在地確定は そんなに難しくありません。

雪山のルートは 夏道では危険なところがあります。冬期に付けたテープが夏には人を迷わします。

夏付けたテープは冬期には使えません。どちらも本当は撤去すべきものなのです。

ミニマムインパクトで自然に親しむのは痕跡を残さない基本です




☆GPSの活用
赤テープなど 目印を付たがる心理の一つには 帰り道の不安感によるものがあります。

その山域に熟知している人は テープなど付けません。
大抵 初心者もしくは中級者など 山域に不安感がある人が 付けるケースが 殆どではない でしょうか。

最近特に普及してきた GPSの活用は 赤テープより 遙かに 有益な 情報を 常に与えてくれます。

GPSの取り扱い に習熟すれば テープとは比較にならない 安心感が 常に えられます。

万が一のことを考えて 赤テープを使うのでしょうが、 
その代わりに GPS を積極的に 使うようにすれば 赤テープなど の目印は 大いに減ってしまうと思います。

赤テープ 付けるぐらいなら GPS を 使え というのが 私の主張です。




☆ テープ問題で 大変参考になるWEBサイト

三段山クラブ様の
冬山の残置テープはいらないです。

「 どんなに酷い気象条件下でも、こんな間隔の大量のテープは必要ないので理解に苦しみます。
しかも自然分解しないビニルテープをこんなに残置するなんて、信じられません」


風雪など 厳しい気象条件の山域でも 残置テープは いらないと されてきています。
もし どうしても付けるのなら つけた本人が、自分で撤去すべきものなのです。

 まして 温暖地の好条件のもとで 登山されている方々の場合 安易なテープ頼りのルートファインディングは、
自らのルート発見応力の低下をもたらすばかりの結果になります。






2002年10月10日 第1版制作
2006年3月 17日 更新
[ 2002/10/10 07:04 ] 道迷い | TB(-) | CM(-)


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