趣深山ブログ よもやま編

趣深山です。四国 剣山 三嶺 天狗塚 周辺の山域での山歩きについての話題です。 (C)since2002 趣深山 (shumiyama@gmail.com)

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『日本百名山』深田久弥著 1964

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『日本百名山』深田久弥著 1964
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4昔前

『日本百名山』深田久弥著 1964

■ 深田久弥氏は38年前 茅ガ岳登山中に亡くなられたが、その数年前、講演会で深田氏の山の話を じかに聴いたことがあった。

十年一昔でいえば、四昔も 前のことであるが いまだに そのときの 氏の話しぶりや表情など 印象深く 覚えている。

■話を聞いた当時 『日本百名山』という本は 既に出版されていて 出回っていたのだが、その頃は 今日のいわゆる「著名山ブーム」もなかった。

まだ 若かった 私には 「日本百名山」など とりたてて興味もなく、要するに「日本百名山」とは 深田氏が登って書いた 山岳紀行文を集めた本であって、ただそれだけのこととして、特に気にも とめていなかった。

■深田久弥著『日本百名山』が その後 著名山ブームのきっかけをつくり、 昨今では 猫も杓子も 「百名山」「百名山」というような いわゆる著名山ブーム の隆盛につながっていくことになるとは 講演を聞いた 四十年前には 全く 想像もつかなかった。

私自身 その後40年間に 深田氏の著作物に 数多く 出会うことになるが、『日本百名山』より むしろ『ヒマラヤの高峰』などの著作の方が よっぽど興味深く 読ませて頂いた。



『日本百名山』深田久弥著 1964




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「わが国の目ぼしい山にすべて登り、その中から百名山を選んでみようと思いついたのは、戦争前のことであった。その頃ある山岳雑誌に「日本百名山」と題して二十五座くらいまで連載したが、雑誌が廃刊になったので それきりでやんだ。しかし私は山に関しては執念深いから、戦後再び志を継いで、還暦の年にそれを完成した。」
『日本百名山』深田久弥 著 1964 


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■「私の選定には異論もあろう。」と深田久弥氏が自らの経験を元にして 自らの判断で選択した100の山が 「日本百名山」である。

深田氏も 「もちろん私の眼は神のごとく公平ではない。」とあらかじめから断りを入れて「日本百名山」としている。 

 雑誌「岳人」に連載中の「世界百名山」というシリーズは、深田氏が茅ガ岳登山中に亡くなられたため、絶筆となってしまった。

「世界百名山」は中座したが 「日本百名山」は 深田氏の山岳紀行をもとに選定し 出版にまで纏めあげた 山岳関係の著作物だけのことである。

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混雑する山

■「世界百名山」シリーズと同様、「日本百名山」は深田氏の山の著作であるだけのことなのに 何故か「日本百名山」は その後 著名山ブームとなって 「百名山」のピークハンティングが重要視されるような風潮になってきている。

数多くの山の中で とりわけ特定の山ばかり登られ 注目されるようになってきてしまっている。

 深田氏自身 色々な著作の中で 「混雑する山は好きでない。」とおっしゃられていたが、もし 深田氏が 存命なら 昨今の混雑する著名山ブームは 氏の本来意図したのとは 全く違うものだと 苦言なさるに違いない。

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「百を選ぶ以上、その数倍の山に登ってみなければならない。
どのくらいの数の山に登ったか数えてみたことはないが、私の山登りは少年時代に始まって今日に至るまで殆ど絶えたことがないから、多くの山を知っている点では自信がある。」
『日本百名山』深田久弥 著 1964 

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深田氏が登った頃

■深田氏が「日本百名山」を巡った時代は登山口に達するまで 大変な苦労をされている。第一まず 交通手段としての汽車での移動は遅く時間がかかり 駅から乗合自動車は便悪く 少ししか入れず、 あとは 苦労して長い森林軌道 山道 を歩き 前衛峰の山々を乗り越え 山奥深く分け入って やっと 我々が今日 楽にアプローチする現在の登山口に辿り着き 山に登るという 難行苦行の経過を経てから 登った数多くの山々、 それらのなかから百を選んだ。

 山岳自体は同じようにみえても 深田氏が登った時代の山と 今日の山とは 同じ山岳でも 交通機関 道 山小屋 山里など 山を取り巻く環境は 全く 大きく変わってしまっている。

■アプローチに かける時間 労力が 楽になるのは 山を登るには良いことなのだろうが 、便利さと引き替えに 今日の登山者が失うものも多いと思う。

今日 簡単なアプローチで 最短登山口から 一寸歩く程度で山頂に到達することで、 深田氏の時代 奥山に分け入って苦労しながら やっと登り 味わえたのと同じ 深い感動は、本当に えられるのだろうか?

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小島烏水氏 の頃

■いや実は 深田久弥氏の時代でですら、「日本百名山」は もう既に変化してきていた。

「ケーブルカーが通じ、新しい自動車道が開かれ、旅舎があちこちに建って、もはや人々は労せずして都会の服装のまま、高山の気に接しられるようになった。」----中略----「一途に繁華な山上遊園地化に進んでいるふうにみえる。」『日本百名山』深田久弥 1964

深田氏より前の 更に不便な時代に 登られた 小島烏水 氏など 山の先駆者の方々は もっと もっと 大変な苦労なされただけに 登ることで えられた感動も もっと ふかかったに違いない。

■今日 時代が更に変わり 交通機関がどんどん発達し もっと楽なアプローチになり 山小屋や 山の装備もよくなり 極めて 簡単に登り詰めて 山頂に達することができ とても楽な登山になってしまった。

深田氏が危惧されていた「山上遊園地化」が 更に進んできているのだけは確かである。

ただ 山自体の自然条件は同じなので  登る人がそれを意識して 心しておかないないと いけないと思う。

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自分の山登り

■もとより 山登りは 趣味の分野だから 人それぞれに登り方があり、「自分の好んだ」やり方で登ればいいし 、そうした 他人の山登りのやりかたを とやかく 中傷、非難、批評するのも適当でない。

■ただ私の場合は 深田氏の話を聞き 本を読んだところで 深田氏の『日本百名山』の本は本としてあるだけであって、いわゆる「著名山ブーム」は 私の山登りのスタイルではない。

流行とか 「はやり」とか 世間体に惑わされることなく 自分の山のスタイルを追求し 一つ一つの山に じっくり取り組み どうすれば 深い感動を味わえられるのか 腰を据えて 考えながら じっくり あせらず これからも 自分の山歩きを 楽しんでいきたいと思う。  

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2009年8月30日 第1版制作

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[ 2009/08/30 11:31 ] 山の本 | TB(-) | CM(-)


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