趣深山ブログ よもやま編

趣深山です。四国 剣山 三嶺 天狗塚 周辺の山域での山歩きについての話題です。 (C)since2002 趣深山 (shumiyama@gmail.com)

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昭和38年夏はじめての剣山


昭和38年夏 はじめての剣山


★昭和38年夏 はじめての剣山登山の記録

整理していたら かなり 古い記録が 出てきました。

昭和38年(1963年)夏、 はじめての剣山 登山記録です。
コースは コリトリ 一の森 剣山 見ノ越 夫婦池 剣橋でした。
写真は モノクロです。




1-1963turugisan-11.jpg
接続が悪いため 穴吹駅始発のバスに乗るためには 前日 穴吹へ行っておかなくてはならなかった。
前夜 穴吹駅近くの 吉野川の河原でキャンプ。
蚊が多く 寝られなかった。

2-1963turugisan-16.jpg
始発のバスに乗る。
穴吹川に沿って 走るバスの車窓から、途中の看板。今でも この病院の看板は見かけます。

バスは工事中のところで 何度か 停車する。

3-1963turugisan-12.jpg
とうとう 工事中とかで 結局 終点までは行けず、 バスを 降りたところ。
旧木屋平村 谷口 集落か? ここから歩く。

山奥であり、道路の舗装はないが、 民家の家々も 何となく、活気を感じられた。
当時 山村が 林業を主に 全体にわたって 活気を持っていた。

後日 調査したところ 美馬市木屋平 の「滝の宮」バス停と判明した。

45年後の「滝の宮」バス停


4-1963turugisan-10.jpg
延々と 長い林道を歩いて やっと着いたら 、後発のバスが ゆっくり登ってきた。川上付近か?

5-1963turugisan-13.jpg
コリトリ橋 ここから登る。朱色をした橋だった。

6-1963turugisan-15.jpg
剣山山頂の測候所。
測候所の方と 玄関で顔を合わせ 挨拶したのを いまでも覚えています。

7-1963turugisan-14.jpg
平家の馬場から剣山山頂を見る。

貞光側へ下山し 剣橋まで歩いた。
貞光までバスに乗り、貞光駅から国鉄に乗る。




42年前と 現在と 変化したと思うこと。

■1 交通機関の発達

いまでは 山村でも 道は良くなり 舗装道路になりました。

登山のアプローチに自家用車を使えば わずかな時間で 標高の高い登山口まで 行くことができます。
1日で 軽く 日帰り登山ができます。わざわざ 始発バスに乗るために 前日 夕方 バス始発駅周辺で 泊まることなど 必要ありません。

昔は 林道などないので 下の登山口から 歩きました。登山のアプローチで 前後に歩く距離は 今の比でありません。

昔の人の方が よく歩いたとは その通りです。 

昔の人の方が良く歩いた

■2 山村

交通機関が不便だったころの方が 山村自体は 活気がみなぎっていました。
主力の林業 が 活況だったし、人口も多く 山村が 自立できていたのでした。

今 道が良くなりましたが 若い人は 村外へ 出て行き、 人口は激減し 、廃屋が目につき 山村は寂れてしまいました。 

■3 登山者

その頃の登山者は 若い人が多かったと 記憶しています。

私も 当時は 幼い年齢でした。

今 山で出会うのは 中高年ばかりです。私も その中高年となってしまいました。

山歩きは 中高年主体になってしまいました。
時代の移り変わりを感じます。


昭和38年夏 はじめての剣山


2005年11月20日 第1版制作
2008年6月8日 更新


昭和38年夏はじめての剣山
「趣味の山歩き ますます深くなる 近くの山域」 趣深山
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[ 2005/11/20 09:40 ] 自分の山歩き | TB(-) | CM(-)


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