趣深山ブログ よもやま編

趣深山です。四国 剣山 三嶺 天狗塚 周辺の山域での山歩きについての話題です。 (C)since2002 趣深山 (shumiyama@gmail.com)

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帰国報告会、10日後、まさか!


帰国報告会、10日後、まさか!


ダウラギリ帰国報告会から10日後



2008年正月、 槍平で、I さん N さん が 雪崩に巻き込まれ、不幸にしてお亡くなりになりました。 

暮れも押し迫った2007年12月22日のダウラギリ帰国報告会でお会いしてから10日後、 まさかの悲報。 本当に残念でなりません。

このところ 年に何回か I さん と同行させて頂いたときは いつも 慎重に計画されて行動されていたので、まさか そんなところで 事故に遭うとは信じられない、なんとも悔しい思いで一杯です。

Nさんも 山へご一緒したり、 山中でバッタリ出会ったりもあったりしたり、またダウラギリ隊の国内連絡係として活躍され、何度もメールで連絡したりしました。帰国報告会ではパワーポイントの操作を すぐ後ろの席でされていたのでした。

その12月22日の報告会のなかで述べられた I さん の一言一言は 今も耳にしっかりと焼き付いて残っています。

8000mへの挑戦は叶わなかったものの、その悔しさをバネに また新たな次の目標に向かって頑張って 行こうという前向きな気持ち、その山にかける熱意を ひたすら持ち続けて 今後も 岳人として 人としてやっていきたいと おっしゃったその言葉。

ダウラギリで非常に苦しい思いをしたのに また新たな気持ちで 次の山に向かう姿勢、 なにより本当に素晴らしいことだなと、思ったその矢先のことだったのに。。。

その再スタート直後の山行が、あまりに過酷な結末となるとは 本当に無念です。

12月22日。 「2月の山行は宜しく」と別れ際に声をかけられた、その言葉。
今も ズシンと心に沁み込んでいます。

I さん、 N さん、 
叶わなかった夢を 抱いて いまは ただ安らかにと、 
心より ご冥福を お祈りいたします。 合掌。


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2007年12月22日ダウラギリ帰国報告会でのI さん の言葉

「とにかく悔しい。 残念の一言につきる。 
本当に感想は  それ以外にない。
C3迄行きましたが そこまでの間でも高度障害 酸素不足で 自分で考えた以
上に 体の負担がありましたものの、それなりに 正直言って 必ず登れると
思いました。
それは C3まで登ると その先の C4設置予定地は すぐそこで、C4からは
 酸素を使うので、ドド、 キムらの プロクライマーと同じスピードでは登
れませんが 何回か繰り返すと、 必ず (山頂を)登れると思いました。
それだけにBCで見上げた雪空。 どんどん積もっていく雪は 同じように心に
もドンドン積もり、非常に苦しい思いをしました。

だが 山は色々なことを教えてくれましたので 、どうか今後の私の山登りの
糧に もっと申しあげるなら人生に生かしていきたい。」
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山遊なかよしカタツムリ さんの
徳島ダウラギリ主峰登山隊 登山報告会

槍平での雪崩で


I さん N さん が 巻き込まれた  同じ槍平での雪崩で 
M山岳会のEさん Kさん も お亡くなりになりました。
心より ご冥福を お祈りいたします。

山と溪谷のへっぽこ雑技団
団長の雑技的時折BlOG

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徳島ダウラギリ登山隊2007 帰国報告会


2007年12月22日開催

1-2007-12-22-19-30-houkokukai.jpg

「とにかく悔しい。 残念の一言につきる。 本当に感想は  それ以外にない。」

登山隊の皆様の 悔しさが 伝わりました。
この悔しさこそが 今後の山登りのバネになり 更に新しい目標に向かって進まれることになると信じます。

報告会有り難うございました。

「ありがとうございました (なかよしカタツムリ)コメント
2007-12-25 12:36:29
遠いところ、しかも天気も悪いなか、おいでくださり本当にありがとうござい
ました。登山期間中も、応援に感謝しています。今後とも、よろしくご指導願
います。 」


山遊なかよしカタツムリ さんの
徳島ダウラギリ主峰登山隊 登山報告会

趣深山ブログ




Iさんを偲ぶ、思い出の山行



2007年12月30日も 2008年 1月6日も 山中では 誰にも 出会うことがなかった。

ただし先週と1月6日とでは 気持ちの上で全く違った。

このコース 亡くなったIさん と過去 何度も辿ったところだけに ここで
 こんな話をしたとか この岩に腰をかけて休んだとか、 ここで こっちのルートを取ったとか、 様々な 思い出が次々と去来していった。

そのたびに 足を止め しばし感慨に耽ったりした。
 
三嶺山頂では特に思い出が多く残っていて 霧の中で突然現れたNさん
また 突然 山頂で あらわれるような気もした。

思い出が駆けめぐるたびに 悔しい思いが増幅し、残念 無念。


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2008年1月13日

この日も山中では誰にも会わなかった。

また同じ三嶺からの周回コースは 
ありし日の Iさん が突然語りかけてくるようで
 Iさんを偲ぶ山行となった。

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人柄



2-2006-01-29-08-21-i_074.jpg

2006年1月29日 剣山 三嶺 天狗塚 牛の背縦走途中 1732m標高点手前。

http://blogs.yahoo.co.jp/tow8848m/25084385.html

http://shumiyama.web.fc2.com/2006/20060129turugi_ushinose.html

初めて Iさんと出遭ったのは この付近 1732m東側を南に捲いていく縦走路であった。

偶然すれ違った この縦走路で 二、三言 言葉を交わしたのが最初だった。

人の縁は何とも不思議なもので、奇しき縁で 何年か後、2006年1月29日 ご一緒して このコースを冬季縦走することになるとは そのときは 全く想像もつかなかった。

2006年1月の縦走。 Iさんは以前 単独でこの縦走コース挑戦し惜しくも 白髪小屋で敗退したことがあっただけに、Iさんにとって かねてよりの念願の縦走コースであったようで、この時は かなり気合が入っていた。

http://blogs.yahoo.co.jp/tow8848m/14305029.html

Iさんは  見ノ越から 常にラッセルの先頭に立って 終始 我々を引っ張っていった。

それでいて 後半 足に故障がでたメンバーには付き添ってあげるほどの気遣い。気力 体力だけでなく 人間的な優しさという 人格の素晴らしさ が備わった 面も見せてくれた。

何人かでパーティーを組む場合 人の纏まりを組み上げるには 中心となる人物の 人望が他のメンバーから尊敬に値するほど得られているかが 大切なポイントである。

Iさんは 雪 岩 氷 沢 尾根 スキーなど様々な 形態の登山をオールラウンドにこなしながらも 私のような狭隘で偏屈な登山とも接点を持てるほどの 大きな器量をもっていた。

Iさんのように 幅広い 器量を持った 人格でないと 大勢のメンバーを纏めることはできない。

このとき  きままな単独行で 常に偏屈な 山行を行っている私のような者には 誰からも好感をもたれる Iさんの人柄は眩しく 素晴らしい人格の持ち主だなと思えて、 今更ながらに自分の不徳を恥た次第だった。





楽しむ



楽しむ

楽(らく)をするということではなく たの(楽)しむということである。

「やまを楽しんでるか。 楽しいんだよ。」

長い周回山行 の途中、 Iさんは他のメンバーに よく楽しんでいるかと 声をかけられていた。

もとより 山は楽しまなくては 長く続きできるものではないが、常に余裕を持って 心から山を楽しむ。

実際 Iさんは山を楽しんでいた。

だが Iさんのように心から山を楽しむのは 誰でもできることではなく 実際はとても 難しいことなのだった。

Iさんのように  心にも 体力的にも 常に余裕を持って 自然に接しないと山を楽しめる段階には とてもならない。

Iさんの境地に達するのは 並大抵のことではない。




未明の桑平から  つづら折れのヘアピンカーブ道をクネクネと車を進行中に夜が明けていった。 同乗していたSさんと私に 今度 ヒマラヤ8000mへ行くことになったと ハンドルを握りながら 初めて話をされたときのIさんの
生き生きした表情と話ぶりは いまも頭にこびりついて離れない。

「山というのは 常に夢を追い もとめていくんだね。是非 夢を実現して」 と  とてもうらやましく思いながら 励ましのことばを そのとき送った。

実は 目標に向かって 進んでいく こうした気概などは 私にはもう既に完全に喪失してしまっていたので 夢を追い求めていく Iさんの ひたむきな気持ちに接して 自分で忘れていた チャレンジ精神を呼び起こされる気もして いたく感銘を受けた次第だったのだ。

http://shumiyama.web.fc2.com/2006/20060325yahaz.html

3-2006-03-25-10-13-480_029.jpg

このとき 積雪期限定の とっておきシークレットポイントであるサガリハゲ北東台地と 膳棚北斜面を ご案内した。
この素晴らしい積雪スロープは Iさんに とても喜んでもらえた。 

今となっては だし惜しむことなく 味わっていただいて 本当に 良かった。








ガチガチの堅い急傾斜の雪面を アイゼン無しで キックステップ術だけ で軽々とグイグイ登っていく。

Iさんと ご一緒した残雪期の山行で、並みのテクニックの持ち主でない、Iさんの その片鱗ぶりを垣間見た瞬間だった。

その後 Iさんの華麗なアイスクライミングは2007年2月25日 まじかに拝見することができた。
まさに「心 技 体」一体となった クライミング。
圧倒された。


4-2007-02-25-07-17-480_020.jpg

なかよしカタツムリ氏の アイスクライミング。

難しそうな 傾斜のところでも 無駄な力みが全く無く、軽々と リズミカルな テンポのまま 流れるように実にのびのびと リラックスした感じで登攀していく。
その上 難しいアイスクライミング・ダウンも着実に軽々とこなしていく堅実な動き。 正に アイスクライミングを知り尽くした、全く無駄のない、洗練された動きにしばし 唖然と見とれてしまった。

こんな 小さな氷瀑でのアイスクライミングでも、単に装備とか テクニックとか、体の運動能力だけの問題でなく、 気力 体力 、ルートの取り方 とか 氷の読みや 判断力、あへてやや大げさな言い方でいえば 経験とか知識
 の蓄積、さらには真摯な山への取り組み方などなど、 要は 山を登る 総合的な力がそのまま このアイスクライミングに凝縮して出現しているなと強く感じ、とても 勉強になりました。有り難うございました。




好きな山を もっと登ってほしかった。



http://blogs.yahoo.co.jp/tow8848m/52950745.html

あまりに早く 逝ってしまったIさん。
好きな山を もっと登ってほしかった。
残念 無念。

本当にお世話になりました。有り難うございました。
心より ご冥福を お祈りいたします。

どうか安らかに お眠り下さい。 合掌。




お別れ会



5-yaridaira480_0001.jpg


「槍平 抱かれ眠る 岳人の
鶴の山越ゆ 夢のまた夢」
徳島ダウラギリ主峰登山隊 隊長の短歌


6-2008-03-30-13-50-yaridaira_.jpg


スライドを見て愕然。 まさか こんなところで雪崩に遭うとは!  
改めて事故の無念さに胸が詰まりました。

亡くなられた 方々の ご冥福を 心よりお祈りし 献花いたしました。

                                  合掌





2008年1月16日 第1版制作
2008年4月6日 更新


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